寛永年間(1624〜1644)に雑古屋文衛門が江戸積酒造業をはじめ「灘の生一本」として天下の賞賛を博したのは、江戸時代後期において、海岸近く酒造に適した天然の良水「宮水」の発見に負うところが多い。この他近くに良質の米を産し、冬の「六甲おろし」など立地条件とともに気候的な条件に、恵まれたものである。明治4年の廃藩置県で兵庫県の管轄となった。同22年、市町村制の施行で西宮町となり、やがて明治14年4月単独で市制を布いた。
この間、阪神電車・阪急電車が開通し、また国道の開通と相まって大阪・神戸の近郊都市として発展した






・人口(平成21年4月1日現在)

総世帯数

203,324世帯

総   数

479,192人

・総合病院/療養所
・公共機関